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誕生日:12月12日
星座:射手座
血液型:A型
出身地:東京都
趣味:スポーツカー、ドライブ
愛車:HARLEY-DAVIDSON
好きな言葉:壱を聞いて拾を知れ
好きな季節:冬
好きなブランド(車):ポルシェ
好きなアーティスト:
カジメロ・ブラザーズ
ナルシソ・イエペス
好きなスポーツ:スキー、ゴルフ、スキューバダイビング
好きな色:ターコイズブルー
好きな食べ物:イタリアン、中華、信州そば、焼肉 |
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中学1年生になったある日、音楽部と野球部から誘いがあった。小学校の時から野球が好きで、キャッチボールに明け暮れていた頃であった。野球部に入り一塁手としてファーストミットを使うことが夢だったので、野球部に入ることにした。
ところが、あっさりと夢は消えてしまった…。
理由は身長が低く、野球には不向きであるということだった。
仕方なく音楽部に籍を置き、バイオリンを弾くことになった。
なぜバイオリンなのか? 1900年代の始めの頃、祖父はかなりの資産家であり、父は何一つ不自由なしの道楽息子。毎夜宴会を開き、ジャズのレコードをかけながら馬鹿騒ぎをして暮らしていた。
アメリカから高級車パッカードを輸入し、ハーレーのサイドカーも乗り回していた。そのハーレーで下関まで走った時の写真が今も残っている。甲府の芸妓・市丸姐さんのところにも良く通ったそうである。
音楽も好きで、学校では淡谷のり子さんと同級生であった。
ピアノ、バイオリンを弾き、そんな父の影響で私も教室に通わされたが、楽器は嫌いで逃げ回っていた。それでも私が音楽部でバイオリンを担当することになったのは、多少なりともこの楽器に馴染んでいたためであった。
さて、中学1年の時の音楽教師は画匠であり、空手使いでもあった。ハワイ帰りの彼は、たくさんのレコードと、ウッドのスチールギター、パイナップルウクレレなどを持ち帰り、生徒に教え始めた。
その先生との出会いをきっかけに、私は同級生や先輩たちとハワイアンバンドを結成、バンドリーダーになってしまった。
音楽の道を歩み始めた私はバッキー白片に憧れ、よく丸の内の八重洲ホテルに足を運んだ。会場に入る金のない私は、壁の外側からへばりつくようにして中で行われているアロハハワイアンズの演奏に聴き入った。
そんな時、友人のお姉さんが和田弘を知っているからと紹介してくれ、レッスンに通うようになった。
いつも女性を側におきながらの適当なレッスンだったが、和田弘は山口銀二らと共にアロハハワイアンズを退団し、山口とマヒナスターズを結成した。
後に和田弘とマヒナスターズとなり、私も参加することとなった。
以降半世紀に渡り「魅惑のコーラス」などと呼ばれて歌い続けてきたが、ニューヨークで同時多発テロが起きた平成13年9月、マヒナにもテロが起き、松平、三原、佐々木、白片の4人が退団した。
和田と私は新人3人を加えて翌年の1月1日に新生マヒナスターズとして活動を始めたが、思うところあって同年の大晦日に脱退、多岐川令子とデュオ「サナレイ」を結成し、新たな音楽の道を歩き始めた。
バイオリンからギターへと楽器を持ち替えて進んできた、この道。さて、この先に待っているものは何だろうか…。 |
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